法務省民事局は、令和8年6月24日に公布された「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)の概要を公表している。成年後見制度については、事理弁識能力の程度で分かれていた「後見・保佐・補助」のうち、後見と保佐を廃止し、本人に必要な事項について代理権・取消権を付与する「補助」の制度に一元化する。施行日は公布から2年6月を超えない範囲で政令で定める日(公布日から起算すると遅くとも2028年12月まで)で、現在の利用者数(令和7年12月末)は後見180,828人、保佐58,162人、補助18,078人にのぼる。
背景と審議の経過
法務省は、高齢化の進展や単独世帯の増加などで成年後見制度・遺言制度のニーズが増加・多様化していること、障害の有無にかかわらず自己決定権を尊重するという理念が高まっていること、所有者不明土地問題等の観点から遺言の重要性が高まっていること、デジタル技術の普及に遺言制度が対応する必要があることを改正の背景に挙げている。審議は令和6年2月に法務大臣が法制審議会へ諮問して始まり、令和8年2月に要綱が取りまとめられて法務大臣に答申、同年4月に法律案が閣議決定され、6月に参議院本会議で可決・成立、6月24日に公布された。
現行制度の問題点:「後見」では自己決定が必要以上に制限される
現行法は、本人の事理弁識能力が「不十分」なら補助、「著しく不十分」なら保佐、「欠く常況」なら後見と、能力の程度によって利用できる制度を画一的に定めている。事理弁識能力を欠く常況と認定されると、成年後見人が包括的な代理権・取消権を持つ「後見」しか利用できず、遺産分割のような特定の目的で使いたい場合でも、自己決定が必要以上に制限される。また、後見・保佐は事理弁識能力が回復しない限り利用をやめることができず、後見人等の交代も、不正行為(横領等)や著しい不行跡のような後見人側の事情に着目した解任事由に限られていた。
改正の主な内容(成年後見制度)
- 補助への一元化:事理弁識能力が不十分で、本人の同意があり、制度利用の必要性がある場合に、特定の行為について個別に、補助人に代理権を付与する審判(例:遺産分割の代理権)、または補助人の同意を要するとの審判(本人が補助人の同意なく行った行為は取消し可能)を行う。後見・保佐の制度は廃止(民法7条・9条・11条)
- 特定補助の仕組み:補助を開始した者が事理弁識能力を欠く常況にあると認定されるときは、法定の重要な財産行為のいずれも取消し可能とする仕組み(特定補助)を選択して利用できる(民法10条)。特定補助の利用に当たっては、医師二人以上の意見を聴取した上で、明らかに必要がないときは鑑定が不要(家事事件手続法119条)
- 制度利用の終了:事理弁識能力が回復していなくても、制度利用の必要がなくなったと家庭裁判所が認めるときは、申立てまたは職権で終了できる(民法12条)。補助人に義務づけられる家庭裁判所への毎年1回の状況報告の際に必要がなくなったと認められる場合も含まれる
- 本人の意見の尊重:補助人の選任時に考慮すべき要素の冒頭に「本人の意見」を規定(民法876条の2)。補助人は、本人に情報を提供し本人から話を聴くなど適切な方法で意向を把握しなければならない(民法876条の11)
- 解任事由の追加:補助人に横領などの不正行為がなくても、「本人の利益のために特に必要があるとき」は解任できる。例えば、補助人が本人と面談を行わないなど、本人が適切な保護を受けられないときが想定されている(民法876条の5)
- 報酬の予測可能性:家庭裁判所が報酬を決める際、補助人が行った事務の内容等が考慮要素であることを明確化(民法876条の19)。報酬請求が認容された事案の実績を公表する予定
死後事務・家事事件手続・特別代理人
補助の制度への一元化に伴い、本人の死亡後の事務が滞るおそれがあるため、補助人の権限が拡充される。補助人は、本人の死体の火葬・埋葬に関する契約の締結、および本人が死亡した当時の権限の範囲内での相続財産の保存に必要な行為をすることができる(民法876条の26)。例として、施設入所契約・施設利用料の支払の代理権付与の審判を受けた補助人が、本人の死亡後に未払の施設利用料を支払う場合が挙げられている。現行法で死後事務の権限が認められているのは成年後見人のみである。
家事審判の手続では、補助開始の審判、代理権を付与する審判、補助人の同意を要する旨の審判においても、原則として本人の陳述聴取が必要となる。また、補助制度を利用する必要の有無は医学的な観点だけでなく本人の生活の状況等を踏まえて判断されるため、家庭裁判所は必要があると認める事案で、市区町村長その他適当な者に、本人の心身の状態や生活の状況などについて意見を求めることができることが明確化される(家事事件手続法120条)。さらに、意思表示の相手方が事理弁識能力を欠く常況にあり、その者のために意思表示を受ける者がいないときは、家庭裁判所が、表意者の請求によって意思表示の受領のための特別代理人を選任する制度が新設される(民法98条の3、家事事件手続法149条の2)。
任意後見制度の見直し
- 家庭裁判所が、明らかに任意後見監督人による監督の必要がないと認めるときは、任意後見監督人を選任せず、家庭裁判所が直接監督できる(任意後見契約法7条)
- 補助の制度の利用を開始しても任意後見契約の存続を許容する。補助人に付与する代理権の範囲を適切に設定して権限の重複を避けることが基本で、調整が必要な場合に備えて任意後見契約の一部解除の規律も新設される
- 本人と任意後見受任者との間で、任意後見契約の効力を発生させる順序(任意後見人が死亡した場合などに備えて次の任意後見人に依頼する仕組み)を定める合意が可能になる(任意後見契約法4条・5条)
- 本人が公正証書によって指定した者も、任意後見契約を発効させる裁判手続の申立てができる。親族以外でも、本人の生活状況を把握している人に申立てを委ねられる。補助開始の審判の申立て等についても同様の手当てがされる(任意後見契約法5条・6条、民法7条・8条)
遺言制度の見直し(同一法律)
同じ改正法には、遺言制度の見直しも含まれる。パソコン等で作成した遺言のデータやプリントアウトしたものを法務局に提供し、本人が対面またはウェブ会議で遺言の全文を口述するなどして法務局が遺言を保管する「保管証書遺言」の創設(民法968条の2、遺言書保管法7条・8条)と、押印の任意化(民法968条・970条・976条・979条・980条)である。遺言制度の施行日は、公布から1年(システム改修を要するものは3年)を超えない範囲で政令で定める日とされている。遺言制度の詳細は遺言書の押印廃止・デジタル遺言(保管証書遺言)新設の記事を参照。
経過措置:現在利用中の人はどうなるか
- 後見・保佐を利用中で、継続したい場合:基本的には現行法の内容で利用を継続できる。ただし、解任事由と意向尊重義務は改正後の民法が適用される(附則2条・3条)
- 新制度(補助)へ移行したい場合:改正後の補助の制度に係る申立てをして新制度を利用する。現在利用中の後見・保佐開始の審判は取り消される(附則2条・3条)
- 制度利用を終了したい場合:後見・保佐開始の審判の取消しの申立てができる(附則2条・3条)。申立権者は、本人、配偶者、四親等内の親族、成年後見人・保佐人等
- 補助を利用中の場合:改正後の補助の制度の内容で利用を継続できる(附則4条)。終了したい場合は補助開始の審判の取消しの申立てが可能
- 施行日前に締結された任意後見契約:改正後の任意後見契約法が適用される。ただし旧法下で生じた効力は維持される(附則6条)
現在の利用者数は、最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況」(令和7年1月〜12月)によれば、令和7年12月末日時点で後見180,828人、保佐58,162人、補助18,078人。
実務上のポイント
- 施行日は政令で定められるまで確定していない(成年後見制度は公布から2年6月以内、遺言制度は公布から1年以内、システム改修を要するものは3年以内)。現在の後見・保佐の利用者は、施行されても直ちに制度が変わるわけではなく、基本的に現行の内容で継続できる
- 新制度への移行や利用終了を希望する場合は、施行後に家庭裁判所への申立てが必要になる(申立権者は本人、配偶者、四親等内の親族、成年後見人・保佐人等)
- 任意後見契約を検討している場合は、補助の開始後も任意後見契約が存続する点と、補助人の代理権の範囲を調整して権限の重複を避ける点が改正のポイントになる
情報源
- 法務省民事局「民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)」概要資料(令和8年6月24日公布):https://www.moj.go.jp/content/001465481.pdf
- 最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況(令和7年1月〜12月)」(利用者数の出典として上記資料が引用)